1970年生まれ。結婚を機に帰省し、メーカーへ入社。平社員で入社して9年で取締役(平→課長→次長→部長→常務→専務)/激動の時代を生き抜く、人としての器を広げるための情報をXで発信中!/成功論/リーダー論/心のスキルアップ/コミュニケーション術/趣味:ピアノ・筋トレ・サウナ・愛犬ヾ(・ω・*)なでなで
人生最悪の状況を乗り越えるために心得ておくべきこと
人生誰しも生きている中で、絶望的な出来事も待ち受けていて
様々な不幸やトラブルを経験します。
その状況に直面した時には、まず人として、この世に生を受けた基本に立ち返り
世の中への感謝の気持ちを持つことが大切です。
マイナス事が起きた時には気分も滅入ってしまうので
表面的な形にはなってしまいますが、それでも構いません。
感謝の言葉を発信し続けることで自らを守る結界となってくれます。
次にマイナス思考を止めましょう。
人には嫌なことが起きると無意識的にそのことばかりを考えてしまう癖があります。
例えば、心配事があれば、そのことが頭から離れなくなりますし
嫌いな人がいれば、その人のことばかりを考え不愉快な思いを募らせてしまいます。
そのような思いは必ず自分に不幸を呼び寄せてしまうのだ。
ということを頭に置いておくことで
負の感情を持っている自分に気づき、止めることが可能です。
最後に、すべては諸行無常(万物は常に変化する)と心得ましょう。
『人生楽ありゃ苦もあるさ』という
水戸黄門の主題歌にもあるようにどんな苦難も必ず終わりがあります。
また、世の中も自分自身も決して過去と同じではないため
・自分はこうゆう人間だ
と決め付けることや
・あの人とはうまくいかない
と気に悩むことはいかに意味がないかを理解しましょう。
しかし、すべてが流動的だからといっても
周りから何か言われる度に考え方を変更していたら、それはそれでうまくいきません。
周りに合わせてばかりでは振り回されて疲れるだけです。
そのため、自分の考えをしっかりと持ちながらも
固執し過ぎずに、他人の言葉や考え方にも耳を傾けて
良いなと思えることは素直に認めて
変更すべきだと思った時にはこだわりなく変更する人としての大きな器も必要です。
人間の幅を広げるために必要なことは?最高の実用である教養で自分の視野を広げ、価値を高めていこう!
そういった生き方を心がけていると
年を重ねると共に徐々に自分の型ができていきます。
そうなると何を言われても
『そうゆう考え方もあるのか』と平然と受け流すことができるようになります。
にっちもさっちもいかない局面に追い込まれたら
状況が変わるのを待つ、あるいは自分から積極的に変わりましょう。
流れゆくそれぞれの出来事を学びの機ととらえ
人としての成長の原動力としていきましょう。
仕事でのスランプ、伸び悩みの乗り越え方は?成長に必要な5つの資質を理解しよう!
仏教の教えでは、自らの心の持ちようを
コントロールして、自分と向き合い心を修めていくことが要です。
幸福になるのも、不幸になるのも自分次第で変わります。
人生の幸福度を上げる方法は?幸せ基準を見つめ直し、幸福度を高めよう!
相手を許し心の器を広げて、物事を好転させる
人生柔らかく生きて、生きる力を高めよう
仕事や生活が一変した今の世の中において
生きる力を高めるためには柔軟な生き方が必要です。
中国春秋時代の哲学者である老子の教えに『無為自然』という言葉があります。
この言葉は人生を計らうことなく、ありのままの自然体で生きようという意味で
今の自分に満足する考え方です。
今の自分のあり様を自然なものとして受け止めることで心を落ち着かせることができます。
仕事においてのリーダーの理想像も
一昔前に多かった『黙って俺についてこい』的な強引タイプよりも
人当たりが良く、部下の言うことに
耳を傾けてくれるリーダーが今では人気を博しています。
ビジネスリーダーに求められる役割、必要な力とは?最強のチームを作る秘訣
共通するのは柔軟性です。
変化し続ける今の状況においては新しいものに逆らわない柔らかさが求められてます。
柔らかさは置き換えれば若々しいということでもあります。
『人の生まるるや柔弱、其の死するや堅強なり』
という老子の一節があります。
人が生まれた時は体が柔らかで弱々しいが死ぬ時は堅く強張ってしまう。
つまり、頭も体も堅い人は、棺桶に半分足を突っ込んでいる
ようなものということを意味します。
私たち人間も、柔らかさを失わないように心がけることで
年齢を重ねても若々しく生きる力を高めていけます。
まとめ
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人生は変えられる!
「適正,公平な社会のためには、虚偽は到底必要である」と判決を受けて敗訴しました。
返信削除どうやって生きれば良いですか
私は、虚偽事由で侮辱されて提訴され、敗訴し、様々なものを失いました。
これを提訴したところ、「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は必要である」として敗訴しました。(本人訴訟)
弁護士会と日弁連は、当弁護士に対し、「噓をつくことは正当な弁護士行為」と議決して懲戒処分せずに、直後に当弁護士を会長・日弁連役職に就任させており、原告が提訴した時には、「当行為を処分しないからといって、原告(国民)に損害を与えていない」と主張しては、再び争いました。
裁判官たちは、権利の濫用を許し、当理由で原告敗訴としました。
国家賠償訴訟(福井地方裁判所.平成24年ワ第159号)事件を提起したところ、 国は「争う」とし、「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は到底必要である」と判決して、原告敗訴としました。
裁判官に深々と頭を下げて喜ぶ国家公務員の方々の姿がありました。
(控訴 名古屋高等裁判所.金沢支部.平成24年(ネ)第267号で敗訴確定)
その後に刑事告発したところ、詐欺罪として受理されました。(時効で不起訴)
近年、再審請求しました。
再審請求では当然に憲法違反を訴えたのですが、再び「憲法違反の記載がない」を理由に決定を受けました。(第一小法廷)(日弁連経歴者所属)
絶望と恐怖があるのみです。
日本は、法による支配(人権擁護)していますか?
さて近年、元裁判官の樋口英明氏は、過去の立派な行動(?)を講演し、ドキュメンタリー映画をも作成したと聞きましたが、 当事件において、詐欺加害者に加担するかのように、「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は到底必要である」と法を無視して言い渡したのは、樋口英明 です。
あなたは、詐欺被害で苦しむ人々に対して、このような卑劣な判決を言い渡して来たのですか?
この樋口英明を「正義の人」扱いするのは、妥当ですか。
この判決と原発訴訟の判決の(人間)関係を知っていますか。
この判決の後に原発訴訟の判決をしましたが、そこには共通する人物がいました。
定年後は、承知の通り、この原発判決を執筆等し名声を得るに至っています。
樋口英明は、当初よりこの定年後の構想を描いており、原発訴訟団の弁護士たちには、あとくされなく勝訴する(させる)
ことを望んでいたと思われます。
しかし、その前に目ざわりともいうべき国家賠償訴訟(福井地方裁判所.平成24年ワ第159号)が提起されたのです。
その原審の訴訟詐欺の被告とは、弁護士のTとM等であり、一方の原発訴訟の訴状を書いた弁護士もその弁護士T等だったからです。
定年後を夢みる樋口英明は、当然「虚偽事実を主張して裁判所をだまし、本来ありうべからざる内容の確定判決を取得した」と批難すべきところ、逆に「適正,公平な裁判のためには、裁判では虚偽は到底必要である」と ありうべからざる判決を言い渡したのです。
それでも現在、樋口英明は国民を欺いて 立派な人間として評価され活動しています。